シンプルな生き方を目指すセラピストシローの人生シロウト体験日記 

シンプルな生き方を理想とし、無駄な思考・行動をできるだけ排除するためにはどうするかを自己の体験・思考を元に綴るブログです。

あったらいいな⑧

今回のあったらいいなは老人が支える街。

高齢者が人口の3割程度いる社会。

年金もらってただ生活してるのってもったいなくないかなと思ってます。

元気なのに何もせずにただボーっとしてる。

それが続くと身体のあちこちに不調を訴え出す。

そうなれば病院通いの日々。

医療費が嵩む。

国に負担をかける。

今まで社会を支えてきた人達だから今度は国が支えるのは当然だという考えもあるでしょう。

しかし、そんな人達が今は国の負担になっている。

それでいいのかなと思います。

その人達はそんな意識は全く持ってないでしょうが。

でもその点に気づいて欲しいなって思う時は仕事してるとよくあります。

その飲んでる薬、9割は国が負担してるんですよと。

飲まずに残った薬、期間が来たら捨てるなんて簡単にお金捨ててるのと同じです。

そういった感覚が麻痺してしまってる。

もちろん高齢者を敬う気持ちはあれど、財政を圧迫してるのも事実。

では、社会に貢献するとはどんなことなのか?

とりあえず病院にかからずに、健康に生活をするということ。

まずそれから。

それが達成できれば、さらに上の次元の支える側にまわることもできる。

支える側にまわるということは、自分の満足感も出て来て、生き甲斐に繋がる可能性がある。

別にすごく生産性を高めるとかそういうことではなく、とりあえず動ける状態に居続けるということ。

それを生き甲斐にして欲しい。

そうなれば高齢者はのけ者にされずに、感謝されたまま逝くことができる。

十分社会に貢献したという実績はあるけれども、出がらしになるほどまで働いて頂き、高齢者に頼ってもいいのではないでしょうか?

そうすれば理想のピンピンコロリにつながる繋がると思う。


高齢者の望みはピンピンコロリ。そのためには出し尽くす。

カスカスになるまで働いた先にピンピンコロリがあると思う。

老後は隠居暮らしでなんてできるのは、裕福な家庭だけ。

庶民は死ぬまで働くっていうのでもいいのでは?

若者が役立たずと言われるぐらいにまで、高齢者が頑張れたら面白い社会ができるんではないでしょうか?

高齢者が支える街があったらいいなー