シンプルな生き方を目指すセラピストシローの人生シロウト体験日記 

シンプルな生き方を理想とし、無駄な思考・行動をできるだけ排除するためにはどうするかを自己の体験・思考を元に綴るブログです。

金額国が決めるのはやっぱおかしいでしょ。

介護報酬の改訂が行われたました。

介護サービスは軒並み報酬が減算となっています。

リハビリに重きを置くといっていますが、建前ではそうですが加算を得るためには様々な手続きが必要となります。

結局は手間が掛かり手間賃を考えるとマイナスになると思います。

その辺のことをよく考えていない国の方針でサービス料金が決められるというのが納得いかない。

サービスを提供するに当たって基準を儲けなければいけないのはよくわかる。

それは品質やサービスの質の管理をしなければいけないので当然のこととしても、なぜ金額を勝手に決められるのか?

客とサービス提供側との間で同意が得られるのであれば金額はいくらでもいいし、サービスの量を制限する必要もないはず。

時間の制限や頻度の制限があるために客が求めているものに応えられないこともある。

その不満を無くし、満足してもらえるのがサービス提供者としての基本ではないでしょうか?

そのあたりが徹底できない状況にあるところが医療や介護がサービス業足り得ないところだと思う。

満足するものを提供するために日々努力しているのにも関わらず、それが評価されるどころか減算。何を考えてそんなことをしているのか全く理解できない。

こんな業界が成長産業であるはずがない。

利用者、患者が困るから制度の中でやりくりしてサービス提供を続けるために努力するというのはよく理解できない。

いいものを提供するためにはそれなりの対価が貰えないとおかしいでしょ。

一万円には一万円の価値あるサービスを五百円には五百円なりのサービスにしかならない。

薄利多売の今の世の中で医療・介護もそれに追随する傾向にあるのはいかがなものか?

金銭的な問題でサービスが受けられなくなる。それは仕方がないことだと思う。

もちろん国民の健康を守ることが国の役目ではないかという見解には変わりないし、健康立国というものを目指すことは非常に有意義なものであると感じています。

国民の健康を守れる国はどれほど豊かで幸せでしょうか?

これを達成するには人工減少も否めない。人数か増えれば、サービス受ける側と提供する側の人間の受給バランスが崩れる。

高齢者は少なく、若者が多い世の中になる方が上手く回ると思う。

まあとりあえずなんでんかんでん、国がサポートする事業が上手くいくことなんてあり得ない。

国の方針に振り回されるような仕事はよやめたいわー